2005年11月03日

言い尽くされてる

言い尽くされてる事だとは思うのですが時事ネタは大切だから私も言っておきます。
例の毒殺女子高生。いや、実際には一人も殺せてないんだから毒殺よばわりもどうかと思うんだけど。
ニュースやワイドショーで色んな人が妥当なコメントしてますね。当たり障り無いというか。それが悪いとは思わないけどどうも座りが悪い気がして。何がとは言えないんですけど。あ、インタビューされていたクラスメイトとかの話しにははっきりと違和感を覚えました。
「何を考えているか解らない人だった」
って。それって普通の事じゃないかなあと思うんですよ。家族だって今何考えてるかなんて解りませんもん私。解ります?腹が減ったと思ってるか恋人の事考えてるか仕事の事かテレビの事かはたまた保険の事かも知れない。産まれた時から付き合ってる相手の腹の中すら解らないのに他人の事なんか解らないって。
コメンテーターが女子高生と被害者の母親の関係を色々推測するのも何だかなあって感じです。親子だって人間関係の一つの形なんだから他人が端から見て簡単に判断できるような単純なものじゃないだろうに。仲が良くても憎み合ってることだってあるじゃないか。
自己顕示欲のあらわれ、尊敬する人物との同一化願望、現実感の希薄さと人体実験への興味、母親への憎悪。色々言われてますが、こんな風にあてずっぽうで形骸化させるのはどうだろう。確かに実母の毒殺を女子高生が企てるというのは騒いで書き立てるには良いネタですけど。本当にこの手の事件に危機感を持つなら安っぽい発言でネタに落とすのはやめた方が良いんじゃないかなと思うのです。
もしもその女子高生が単なる模倣犯ではなく、本当の意味で人を殺すことに価値を見出だす種類の人間だったなら更正は無理でしょうし再犯もすると思う。馬鹿の一つ覚えみたいに専門家と更正の道を探そうと言うけどそういう可能性は考えないのかな。日本人にもサイコパスと呼ばれる人が出始めてるんじゃないか、それに対して法律や制度が余りにも脆弱なんじゃないか、杞憂ならいいのですが思わずにいられない。
他人を殺す事を何とも思わないなら、機会があれば躊躇なく人を殺すでしょう。そう考えている人が隣に居るかもしれない世の中ってぞっとしないですが、段々そういう風になってきてるのかな。今回の事件だけに限った話でなく。
犯人はこんな異常な人間だからとか、こういう背景が有ったからとか、そうやって考えれば楽だし安心できるのでしょうけどそんな悠長で良いものか。

きっとしばらくはもやもやしたままだろうなあ。もっと明るい話題プリーズ。



posted by こがよしひさ at 13:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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