2004年10月31日

しんみり。

 結構自分的に重い話などを良くするので潔くメンタルカテゴリ作りました。もうコレで思う存分愚痴れるというもの。
 重い話が嫌いな人はメンタルカテゴリの記事は見なければ済む話。よしよし。

 寒い季節になってきたからなのか、冷えた空気を感じていると凄く昔の事を思い出します。といっても私まだ若いので(厭味か)バブル崩壊前の記憶なんか有りませんけどね。
 私が物心付いた頃から高校卒業の思春期まで過ごしたのは茨城で、東京などよりも寒い地域でしたから夏場よりも冬場の方が記憶が掘り起こされます。コレは誰でもそうなんじゃないでしょうか。沖縄育ちの人は夏になったら子供の頃を思い出すとか。
 高校時代の友人や弟、それから両親の事を何となく考えてしまいます。特に母親の事。寒くなるとやっぱり。
 我が家が崩壊したのは私が中学生の頃でして、元々子供の方から「離婚して下さい」と頼むほど駄目な夫婦だったけど、最後の数ヶ月の壊れっぷりはもう色々と昼メロみたいで冷静に笑えます。でも気分が落ち込んでるときに思い出すと死にたくなる。
 家を出て帰らない母親を追いかけて父親が私達兄弟を道連れに車を走らせたのがやっぱり寒い季節だったような気がします。記憶違いだったかもしれないけど。
 どうして夫婦の問題に子供が巻き込まれなきゃならんのか、話し合いもせずに母親がひたすら逃げるのは何故なのか、迷惑極まりないこの状況が打開されんのが何時なのか、助手席で色々考えていた事は覚えてる。
 私は冷めた子供だったのか兎に角両親が元に戻らない事は悟っていて、だったら別れて欲しいと思っていました。
 そういう感じで色々しっちゃかめっちゃかになっていた頃も今も、一番不思議なのは「どうして駄目になっちゃうのかな」って事です。最初はお互い好きで結婚したのだろうし、ずっとずっと幼い頃、幼稚園位の頃は両親の仲も良かったような記憶があるのです。(小学校入るとそんな記憶には思い当たらないが)
 人間同士の事だから色々あったんでしょうけど、結婚するくらい好きあっていた筈なのにどうして駄目になっちゃうのかなあと。それだけがとても不思議で。一度好きだったのに二度と其の気持ちを思い出せない位に関係が壊れてしまうって、何ででしょう。
 恋人と喧嘩別れしたとか言う経験のある人ならこの不思議が解るんでしょうけど。(まあ理由なんか無いんだろうとは思います)運悪くAセクシャルである私にはそもそも誰かを好きになると言う感情も理解できなければ、憎む気持ちも全く解らなくてひたすらに困惑してしまうのであります。
 傍から見ていて「どうしてそんなに執着するのか解らん」と私に思わせる恋人達ですら私の両親のようになる可能性はあるわけで、其れは、凄く不思議な事ですね。不幸になるために結婚したんじゃないと思うんですけどね。
 私が父親を憎んでいるのは素敵な理由が根底にがっちりあって、だからなので単純明快なのですが夫婦の事は解りません。
 母親については成長したからか昔のような嫌悪感は大分薄れました。良い事です。思うに、彼女は私と弟の「母親」という属性を持ってはいたものの、結局「女」という種類の人間だったのでしょうね。
 子供の事が大事だとか、子供を守らなくてはとか、そういう感情よりも自分が大事だとか、自分のやりたいようにしたいとか、そういう感情の方が勝ってしまう性格だったんです。性格なら仕方が無いさ。頭も良いとは言えなかったと思う。顔も声も思い出せないけどそんな印象だけは覚えてる。不思議ね。
 両親共に十人並みよりはちょっとばかり容姿が優れた記憶が有りますが其の事も悪かったのかなあ。母親も思い切りおばさんの外見だったなら浮気とかもしなかったでしょうしね。私の母親であるというのに彼女は恋多き人間だったようで。本当に、私の親なのに!微塵も似ていないですね。
 両親共に私とは似ても似つかない。恐い。私ひょっとしてエイリアンなんじゃないだろうか。まあ其れは置いといて。
 そういう諸々の何というか、思い出してもどうしようもない事を次から次に思い出してしまうので寒い日は危険です。
 大昔、というのはまだ憚られる割と近い昔、リストカットに現を抜かしてしまったのは勿論私が弱かったからで、全面的に自分の所為だしそれを誰かの所為にするのは卑怯だと解ってるんですけど、それでも気を抜くとつい「親がなあ」と思ってしまう。
 両親がどんな人間で私にどんな記憶があったにせよ、結局自分の行動を決定するのは自分でしかないのに(成人したなら尚更)それでも事あるごとに「親が」と思うのはまだ私が未熟な所為かな。
 何時かもっと私が強いしっかりした人間になったら父親の事も母親の事も灯油の臭いも悲鳴も(何があったんだ)全部スッキリした気持ちで受け止められるんでしょうか。
 常にではないけれど、体調が悪かったり気分が落ち込んで欝になっている時に幸福そうな家族を見ると憎くて仕方が無くなります。刃物を持っていたら危険な事するかもしれないです。ええ、八つ当たり何ですけど。そういう気持ちも無くなっていくのかなあ。そうだと良いな。勿論今でもこっちまで幸福になる時もありますけどね。
 中学校や高校入学当時のあの頃の事を思い出すと、自分がどんなに厭で身勝手な人間かを思い知らされて正直辛いです。自分勝手で幼くて、どうしようもない。エゴの塊みたいな性格の私が其処には居て、今も多分何処かに居て、環境が悪化すれば簡単に顔を出してしまうんでしょう。
 それが恐くて厭だ。とても。本当に性格の良い人というのは一体どういう精神世界を持っているのかなあ。気になる。誰かの悪意に晒された時、理不尽な攻撃を受けた時、どんな風に感情を処理するんでしょう。色々コツを教えて欲しいですよ。本気で。コツなんか無いんだろうけどさあ…。

 私と似た、というか多分私よりも過酷な環境に長く居た親友は、小さい子供が嫌いな事を「子供が嫌いな私は異常なんだ」と泣きながら訴えてきた事がありました。親にされたことを思い出す度に幼い子供に対して複雑な感情を抱いてしまうらしく、其れは堕胎を経験した事によって激しく加速して彼女を追い詰めたのだと思います。
 其の彼女を宥めた時に使った言葉が「お前じゃなくて親がいけなかったんだ。お前は被害者で、傷付いてるだけなんだ」っていうものでした。
 最近その事も良く思い出します。というか、もう色んな厭な事を近頃急に思い出すようになってるんです。小学校時代にねちねち苛められた事は余り思い出さない上思い出したところで少しも気分を害さないので実際私の精神に一番深い傷をつけたのは血の繋がった親であったというのは皮肉ですが。
 小学校の校長室に乗り込んでいった父親こそが数年後に私を殺しそうなほどに傷つける事になるなんてええ、全く思いもしませんでした。あの頃は平和だったんだなとおもう。週に一度は父親が夕飯の皿をぶちまけてた気がするけど。
 其れは兎も角、まあ色々思い出すんです。親友に言った言葉を今度は自分に向かって呟いている。其れは、勿論逃げです。其れは解ってる。私の場合はあの言葉は当て嵌まらない。
 ただ、二年ほど前まではこういう事を思い出す度にリストカットしていたのに今は泣くだけで済んでいる、というのは物凄い進歩です。
 此処最近良く思い出すって言うのはひょっとして、そろそろこういう記憶を乗り越える余裕が生まれてきた事の顕れなんじゃないかと。だったら、今は辛いかもしれないけど来年の今頃は、今とは全然違う気持ちで記憶を受け止められているかもしれないって。思うんですけどどうでしょう。
 涙が出るってのは良い事だと思うんです。本当にギリギリの時、限界の時はね、涙も出ないんですよ。
 高校上がった頃か、中学卒業前か、其の辺りだったと思うんですけど私が父親に性的虐待すれすれの事をされた時は(てゆーか他人にやってたら間違いなく強制猥褻罪だったよパパン。お陰で実の父親の臨戦態勢なブツのサイズを知っているという世界でも少数派の人間になっちまったじゃないか。セクシャリティやはまりジャンル以外でこれ以上マイノリティにはなりたくない)涙は出ませんでした。
 あの血が凍るような感覚は今でも忘れられません。涙は、どうでも良い時には出るのに本当に必要な時には出ないんだなあって思ったものです。
 でも今は泣ける。コレは凄い進歩よ明智君。泣けるくらいどうでもいい傷になってきたという事なんでしょうね。泣くとスッキリするしね。もう七年近くも前の事なのになあ。今漸く平気になりつつあるのか。不思議〜。

 そんなわけで寒い日は色々厭な事をたっぷり思い出して、でもそれを乗り越える為に頑張る事が多いです。多分頑張っている大部分は私の脳みそなんですけど。色々分泌してんだと思うよ。お疲れ様。

 本当に読後感最悪なメンタル記事を書いちまったね。でもそういう諸々を乗り越えつつあるって意味だから。大丈夫、こうやって人間は強くなっていく。


posted by こがよしひさ at 02:48| Comment(0) | TrackBack(0) | メンタル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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